living in color

思想、あるいは妄言

So long, partner.

先日トイストーリー3が金曜ロードショーで放映された。同シリーズで最も感動的な話であり、多くのファンが最高傑作と呼ぶ。勿論僕もその1人。

自分の成長によって少しは言語化できるようになったため、記してみようかなと思う。

 

アンディは高校を卒業して大学生になる。1人暮らしを始めるため、自分の部屋を整理しなければならない。オモチャたちを大学に持っていくのか、屋根裏に置いておくのか、それとも捨てるのか、アンディの決断がこの映画の軸である。

 

やはり特筆すべきは映画のラスト。アンディがボニーにオモチャを渡した時のアンディとウッディの心情描写であろう。

いきなりそのシーンの説明、ではなくまずアンディの母(以下母)の行動によるウッディの心情変化を丁寧に見ていこうと思う。

自分の目の届かないところにアンディを1人で行かせるなんて、母は心配で胸がいっぱいであったはずだ。それでもアンディの成長のためにはあえて離れるという決断をしなければいけない。この決意と覚悟が親心というものであろう。

「ずっと一緒にいられたらいいのに」

涙を流してアンディを抱きしめる母をみて、オモチャたちの中で唯一引っ越し用の段ボールに入れられたウッディの中で何かが変わる。母は覚悟を決めた、俺はどうだ。アンディを愛しているからこそ、彼の進む道を尊重し、送り出してやるべきなのか。

アンディが幼い頃からずっと一緒に遊んできた。俺は子供部屋の中では彼の親なんだ。

そんな気持ちが湧いてきたのかもしれない。そこで何かを思いついたウッディは屋根裏行きのオモチャをボニーに渡すという新たな選択肢をアンディに与える。

 

結果、アンディはウッディ以外のオモチャをボニーに渡すことに決める。

オモチャを取り出しては説明し、どんな風に遊んだのかを回想する。思い出す様な間がなく、スラスラと話すアンディから、どれほどこのオモチャたちと遊んだのかがうかがえる。

全て渡したかに思えたが、段ボールにもうひとつオモチャが入っていた。そう、ウッディである。勿論ボニーは貰えるのだと思い手を伸ばす。しかしアンディは咄嗟にウッディを抱き寄せ、それを拒む。

悩みに悩んだアンディは、ウッディを渡すことに決める。

「ウッディの1番すごいところは、友達を見捨てないってところ。絶対に、何があってもそばにいてくれるんだ。」

アンディは彼の中でのウッディのキャラクターを最後まで貫いた。ウッディだけ大学に持っていくことを、きっとウッディは許してくれないだろう。そう感じたのかもしれない。

ボニーと共にオモチャたちと最後の遊びをする。スローモーションでオモチャ1つ1つにフォーカスしたシーンは、アンディがそれぞれに愛のこもった別れの挨拶をしているかに思える。

 

それを終え、アンディは引っ越し先に向かうため、車のエンジンをかける。

ウッディはアンディのオモチャとして最後の言葉を贈る。

「あばよ、相棒」

この言葉に込められた沢山の感情を記すには、まだ語彙と経験が足りない。そこで最も納得のいく説明を引用する。

 

ときがながれても

かわらないもの

それはおれたちのきずな

きみはともだち

いつもおれがいる

きみのそばに

━━主題歌「君はともだち」より

どれほど僕が成熟したとしても、これより優れた説明は一生出来ないだろう。

 

私も死ぬときは、病室で家族や医者が立ち会う中最期を迎えるだろう。その時、妻に「あばよ、相棒」と言って息を引き取りたい。

そう言えた時、誰にも伝えることはできないが、人生で1番上手にウッディの気持ちを説明できる気がする。